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受賞者インタビュー

第59回コンクール

崔洋一

[ 第2回 ] アジアで通用する個性の強い映画を撮りたい

----毎日映画コンクールでは第48回「月はどっちに出ている」で日本映画大賞。そして第59回の「血と骨」。ショッキングで激しい作品が印象的ですが、崔監督のテーマはどういうものですか?

もともと社会のメインストリームを歩いている人を主人公にするのは好まないですね。犯罪者やアウトサイドギリギリの人や在日など少数派を主人公にしてきました。形而上の観念ではなく、「生死」の概念を生々しく取り入れている人に興味があるんです。彼らの喜怒哀楽の激しさ、愛憎の激しさに興味がある。それを、社会に対する告発とか、メッセージ性を前面に出すのではなく、おかしかったり、悲しかったりする姿を描いてきました。孤立した一人の男、一人の女が、立ちはだかるものに敢然と立ち向かう姿−それはたいていは敗北するのですが−そういう姿をこれからも描くでしょう。


――これから作りたい映画は?

一つ、作りたいとずっと思っているのは1948年、韓国済州島で起きた「4・3蜂起」を舞台にした映画ですね。金石範(キムソクポム)さんの大長編小説が原作です。それから、韓国の若手プロデューサーから一緒に映画を作りたいと言われていて、最近初めて少しやる気になっています。


----やる気になったのはなぜですか?

過去の誘いは、全部日本をマーケットにした作品だったのですが、今回の話は、日本のみならず、アジアのどの都市でも起こりうるようなテーマでの誘いだったからですね。


----アジア全体で通用する映画ということですね。

そうですね。もともと、アジア映画という考えが強いんです。ハリウッド流の華麗なやり方ではなく、日本映画の1950年頃の黄金時代を愛していて、それに準じた形で、アジアに流通する映画を作りたいんです。アジアの国々で、どこでも僕の映画が流通するようになって欲しいと思います。


----今の日本映画をどうご覧になりますか?

企画の幅を広げる勇気が必要でしょうね。死んだ人の幽霊が出てきて、愛する人とわずかな時を過ごすとか、テレビドラマの焼き直しみたいな映画ばかりでしょう、最近は。そればかりじゃなくて、独創的な企画も通して欲しいですね。一時の観客離れはあるだろうけれど、もし、こんな状態を続けていけば、後々自らの首を絞める結果になると思いますね。たとえば、今の日本で、キューバ危機を描いたハリウッド映画「13days」みたいな作品は作れないでしょう?そういう壁は壊すべきです。きれいな、毒にも薬にもならない話ではなく、個性の強い作品も、もっともっと出てきて欲しいと個人的には思っています。


生年月日:1949年7月6日 出身地:長野県
高校卒業後、照明助手として映画界入り。「愛のコリーダ」(1976年大島渚監督)、「最も危険な遊戯」(1978年、村川透監督)の助監督を務める。1981年、テレビ映画「プロハンター」で監督となり、1983年、「性的犯罪」で映画初監督を務める。1993年、「月はどっちに出ている」でブレイク、第48回毎日映画コンクール・日本映画大賞をはじめ、その年の映画賞を総なめにした。1996年、韓国ソウルの延世大学語学学院に留学後、監督活動を再開。2002年、「刑務所の中」ではブルーリボン賞監督賞を受賞。2004年ビートたけし主演で話題となった「血と骨」が大ヒット。再び毎日映画コンクール(第59回)・日本映画大賞、監督賞などの映画賞を席巻する快挙を成し遂げた。