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受賞者インタビュー

第60回コンクール

田中裕子

[ 第2回 ] 正解のない仕事だから、なるべく考えないで

----緊張はするんですか?

しますします。きわどいシーンなんかは、出来たらやりたくないといつも思ってます(笑)。

――緊張をほぐす方法は?

なんでしょうかねえ・・・・。あ、でも、セットで撮る時よりも、外での撮影のほうが楽ですね。外にいると、雲が流れていたり、蛙がいたり、石があったり、いろんな動きがあるから、それに気持ちをゆだねて、肩の力が抜ける気がするんですね。撮影の時は、演じている役として外に立っているんですけれど、その時に、雲や蛙や石ころに、「これはどうなんだろう?」「私はどうすればいい?」って聞いてみるんです。すると、だいたいは「何もするな」って答えてくれるんです。そうすると楽になります。


----セットではどうされますか?

セットの中でも、衣装や、その辺にある置物に聞いてますね。女優という仕事は、精神的な仕事で、これが正しいという正解がない仕事で、百人いたら百通りの演技があるんですね。一つひとつの行動を、わざわざ意識して選択するという仕事です。でも、自分にない余計なものをつけて演じても、自分でつけているのが分かってしまって、私は不自然になっちゃうような気がするんです。だから、なるべく考えないで、「監督が言うんだから、いいんだろう」と思ってやっています。私、だいたいが「ずぼら」みたいなんです(笑)。


----田中さんが思う映画の魅力とは?

画面が大きいから、何をするにしても時間をかけて、こだわらないといけないんですね。その時間の長さが、みんなで一緒に作っているという一体感みたいなものを生むんです。もともと、私は慣れるのに時間がかかる方なので、時間があったほうがいいですね。スタッフとも長く一緒にいて、お互いのことを知っていれば、心から笑えるようになりますし。


----このお仕事は楽しいですか?

もともとあまり興味がなくて、女優を始める前も、演劇を見ても「楽しいのかなあ?」と思って見ていました。始めてからも大変でしたけれど、やっとこの歳になって、何だかんだ言って続けてこられたことで、楽しくなれたのかなあって気はします。


----最後に、今後の抱負を。

素敵な脚本に出会いたいですね。歳をとると、特に日本ではなかなか主役をすることは出来ないんですけれど、『火火』や『いつか読書する日』という2本の映画に続けて主演させていただいて、本当に良い思い出になりました。先々そうあるとは思えませんけれど。素敵な本に出会って、その役をさせてみたいと思ってくれる監督さんがいればいいなあと思います。


生年月日:1955年4月29日 出身地:大阪府池田市
映画初出演作:「日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」(1981年、神山征二郎監督)明治大卒。文学座に入り、1979年、NHK「マー姉ちゃん」の長谷川町子役でデビュー。映画では「ええじゃないか」(1981年、今村昌平監督)、「北斎漫画」(1981年、新藤兼人監督)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞・新人俳優賞などを受賞。「天城越え」(1983年、三村晴彦監督)では娼婦役で注目を浴び、第38回毎日映画コンクール・女優主演賞をはじめ、その年の各賞を総なめにした。以降「嵐が丘」(1988年、吉田喜重監督)「大阪物語」(1999年、市川準監督)、「ホタル」(2001年、降旗康雄監督)などで着実にキャリアを積む。近年の出演作は「火火(ひび)」(2005年、高橋伴明監督)、「いつか読書する日」(2005年、緒方明監督)など。