HOME > 映像夢工房 > 早稲田大学 > 2008年3月「進化する早稲田の映画人づくり」

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進化する早稲田の映画人づくり

安藤鉱平教授画像

安藤紘平 早稲田大学教授(映画監督)

実際の商業映画をキャンパスの中へ

ローレライ 「日本のマーケットと映画製作のコストに見合ったシステム、ハリウッドに対抗できる日本独自のデジタル映画の制作システムをつくりたい」 早稲田GITS(早稲田大学大学院国際情報通信研究科)の安藤教授(&映画監督)の言葉は真剣だ。
「早稲田の学部生、大学院生が実質的な映画教育を受けられるためには、むしろ実際の商業映画を大学のキャンパスの中に持ち込んでしまうことです。そして同時に産業界の新しい合成技術や大学の研究から生まれたネットワーク技術を利用しながら、コストを低くおさえた日本独自の映画製作システムを構築する試みに挑戦したい」
ローレライ 本庄キャンパスでは、芸術科学センター(旧NICT支援センター)においてすでに篠田正浩監督の「スパイ・ゾルゲ」を皮切りに、樋口真嗣監督の「ローレライ」「日本沈没」、最近では「西遊記」や新作の「マジックアワー」などデジタルを駆使した数々の名作を生み出してきた。この芸術科学センターでの様々な試みを、映画・映像制作の研究と人材育成の重要なステップとして位置づけよう、というのが早稲田大学の映画人作りの新しい方針だ。学生は、大学という特別な空間だけではなく、実社会で流通する最先端のデジタル技術やシビアな商業映画製作のさまざまな試行のなかに身を置くことで、実社会につながる得がたい経験を積むことになる。

ハリウッドに対抗できる日本発のデジタルネットワークシステムを

日本沈没 今回「早稲田大学映像コンテンツ分野におけるクリエイターの育成」をキーワードに、芸術科学センターの支援を目的とする新会社「株式会社シネマティックアート」が設立され、大学としての映像教育研究のバックアップ体制が整った。そうした動きと呼応して安藤教授らが中心になって新たなネットワーク作りがすでに始まっている。
 「『スパイダーマン』が日本で作れるかと、というと、個々の技術的なレベルでは可能ですが、バジェットからすると全世界に配給することを前提に組まれた制作費のスケールとはとても太刀打ち出来ません。ひとつのポストプロダクションだけで最先端のデジタルシステムとマンパワーを一作品につぎ込むことは、とても難しい問題です。しかし、日本では個々のプロダクションが小さいけれど優秀な技術力を持っています。優秀なCGクリエイターがアメリカに引き抜かれる、という水準にはあるのです。ですから一つのプロダクションで全てをカバーすることはできなくても、それをネットワークでつなげば大きな力になる。
『ローレライ』や『日本沈没』では、東宝と本庄を光でつないで大きな成果を上げました。今回は東宝にリード役をお願いし、プロダクションや大手の現像所と多角的なネットワークを構築中です。ネットワークに参加する企業は、東宝、早稲田大学、東京現像所、イマジカ、マリンポスト、モーターライズなど。日本のマーケットの中で、かけられるコストの範囲で、世界レベルのデジタル編集・制作のシステムを構築しようという大きなチャレンジを開始しました。しかもそれを一番大切な人材育成・大学という教育システムの中で試みようとしているのです。
 現実の商業映画の実際の映像制作に触れ、最先端のデジタル技術の研究や試行錯誤の中に学生を置くことは不安な面もありますが、映画・映像制作の人材育成には不可欠の要素だと思っています」
 早稲田のこの果敢なチャレンジの中から、ハリウッドに本当の意味で対抗できる、日本発のデジタルネットワークシステムが誕生することを大いに期待したい。

安藤紘平(あんどう こうへい) 1944年 東京都生まれ
早稲田大学理工学部在学中にパリ留学。帰国後、寺山 修司と出会い劇団「天井桟敷」に。寺山修司との交流の なかで、映画作りに目覚め、TBS入社後も自主映画作り に没頭する。
1969年「オーマイマザー」でオーバーハウゼン国際映画 祭入賞、71年には「息子たち」をフランス・トノンレバン 国際映画祭に出品し、見事グランプリを獲得。ジャーマン シネマの巨匠ヴィム・ヴェンダースやファスビンダーと並 ぶ快挙をなしとげた。また、ハイビジョンを使った映像制作では世界的な先駆者で、94年「アインシュタインは黄昏の向こうからやってくる」でハワイ国際映画祭銀賞、98年「フェルメールの囁き」でモントルー国際映画祭グランプリなどを受賞する。
映画人の本格的な人材育成を、と篠田正浩監督らの勧めで2003年より早稲田大学へ。現在、早稲田大学教授(大学院国際情報通信研究科)