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早稲田大学

「ラストゲーム」−最後の早慶戦 特別上映会&シンポジウム

5月19日(月)早稲田大学大隈講堂にて

学徒出陣直前の壮行試合「最後の早慶戦」

 1943年4月、伝統の東京6大学野球が中止された。「野球は敵国アメリカのスポーツ」という理由のためだが、明らかに敗色が濃くなった戦況を反映したものだ。10月には学生に対する徴兵の猶予が停止。白球を追いかけていた若者たちにも、学徒出陣の命が下った。
 「最後の早慶戦」はその学徒出陣の直前に壮行試合として挙行された。野球を愛する男たちが、生きては帰れないかもしれない若者たちと共に作り上げた涙と感動のドラマである。

 監督は「大河の一滴」「ハチ公物語」などヒューマニズム溢れる作品で知られる神山征二郎、主演の野球部員、戸田順治には渡辺大、早稲田大学野球部顧問飛田穂洲には柄本明、慶應義塾の塾長小泉信三には石坂浩二、早稲田大学総長には藤田まこと、そのほか山本圭、富司純子、柄本祐、宮川一朗太、原田佳奈など芸達者なベテラン、若手が脇を固めた。主題歌は鬼束ちひろの「蛍」。若者たちへの鎮魂のメッセージが心にしみる。


大盛況の大隈講堂特別上映会&シンポジウム

 最初にあいさつに立った森喜朗元首相は、感動が冷めやらない様子で、 「20世紀は栄光と悔恨の世紀だった。栄光とは科学技術の発達、悔恨とは戦争。その戦争の虚しさ平和の尊さを改めて感じた」と参加者に語りかけた。
 白井総長の挨拶の後、安藤教授の司会で監督や出演者が登壇してシンポジウムが行われた。シンポジウムでは、早稲田大学名誉教授の岩本憲児氏が戦前の日本映画の中の六大学野球などについて、また最後の早慶戦の生き証人でもある慶應義塾野球部OBの松尾俊治さんからは、甲子園が中止になってからすべて日本語に置き換えられた野球用語などが紹介された。
  神山監督は「最後の早慶戦は歴史に残る事実で、その再現ドラマは大変重要な仕事です。慶應でも早稲田でもない神山が指名されたので、失敗は許されないと思った。可能な限り、あの時代の若者たちの青春を伝えたかった。若い人たちに感動してもらえればうれしい」


森元首相

神山監督と主演の渡辺 大


早稲田、慶應でなくても共感できる反戦映画

 主演の渡辺大は、特技は野球というほど実力派で野球好き。野球がしたくても野球が出来なかった辛さを想像しながら演じた、と語った。 共演の柄本祐は、父親の柄本明と撮影現場でこれだけ長く一緒にいたのは初めてだそうで、「おやじはやっぱりこわかったです」
シンポジウムでは早稲田の野球部員のあこがれのマドンナ役の原田佳奈、早稲田に6年いて中退してしまったという外岡野球部長役の宮川一朗太もそれぞれの思い入れを熱く語った。
  司会の安藤教授は最後に「この映画を見て、ぼくも早稲田(出身)でよかった、と思いました。しかし早稲田でも慶應でもなくても、どちらかになって共感できる。それがこの映画の魅力です」と結んでシンポジウムを終えた。


原田佳奈、宮川一朗太、柄本祐

安藤教授の司会進行で行われたシンポジウム


「ラストゲーム」は、8月23日(土)より シネカノン有楽町1丁目、渋谷アミューズCQNほか 全国ロードショー